お楽しみコンテンツ
やまぎん史料館
展示棟のご案内
| RF | 1.屋上ガーデン |
|---|---|
| 4F | 2.閲覧室 3.和室 4.休憩コーナー |
| 3F | 5.会議室 6.展示室 |
| 2F | 7.山口県の伝統工芸コーナー 8.YMFGコーナー 9.親子で楽しめる展示コーナー 10.山口銀行と金融の歴史 11.山口県産業地図 |
| 1F | 12.1階展示室 13.事務室 14.ロビー 15.旧本店建物 |
ふるさとの伝統文化と、であう。
1、2階展示室には、「ふるさとの伝統文化と、であう」をテーマとした山口県内の「伝統的工芸品」が展示されています。
「伝統的工芸品」とは、「工芸品の特長となっている原材料や技術・技法の主要な部分が今日まで継承されていて、さらに、その持ち味を維持しながらも、産業環境に適するように改良を加えたり、時代の需要に即した製品作りがされている工芸品」のこと。経済産業省が指定するこの「伝統的工芸品」は、平成20年3月現在、全国に210品目あり、山口県では、 昭和51年12月に赤間硯(文具)、平成元年4月に大内塗(漆器)、 平成14年1月に萩焼(陶磁器)が指定されています。

1、2階展示室では、山口銀行が所蔵する伝統的工芸品を展示するとともに、2階展示コーナーではとくに伝統工芸に関する情報もあわせてパネル展示して、さまざまな角度から伝統工芸に親しむことができるようになっています。
1階
萩焼


萩焼 柔らかさと力強さの両方の表情をもつ世界的な名陶
萩焼は約400年前豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、毛利氏が朝鮮李朝の陶工(高麗焼きの職人)李勺光、李敬の兄弟を迎え、毛利藩の御用窯として萩城下の松本(萩市)に開かれました。400年という永い作陶の歴史を経て、現在では萩市を中心に深川(長門市)、宮野(山口市)をはじめ全県下に及ぶ広がりを見せております。
萩焼は特に器に使用される「陶土」と、それにかける「釉薬」が作品そのものに大きく影響を与えると言われます。萩焼の陶土としては、大道土・見島土・金峯山土を基本に、そのほか窯元所在地で古くから使い慣れてきた付近の地土も使われています。成形には、ろくろ、手ひねり、押型、たたらなどの技法があり、化粧掛け、象がん、彫刻などのしあげを施したあと、素焼きします。
釉薬は長石粉に木灰を混ぜた「透明釉」と、さらにこれに藁灰を加えて作った「白釉」が主流であるが、釉薬ひとつとっても極めて奥が深く、陶工の技巧により作品の趣や広がり(魅力)はかなり違ってくると考えられます。釉薬のかけ具合や窯の温度によって生じる貫入(器の表面の釉薬がひび割れたような状態になること)も萩焼の特質といえます。茶陶などではこの施釉が大切な技法のひとつとされ、素地の吸収性により濃淡をつけたり、ずぶ掛け(総釉)や土見せ(高台の内外や一部を素地のままにする)という技法も良く用いられます。
施釉後、登窯で焼成して作品の完成となりますが、萩焼の持つ柔らかくぬくもりの感じられる風合いは古くから愛され、そして今日では世界的な名陶として高く評価されています。またこれまで「一楽二萩三唐津」と謳われるほど、茶人好みの焼き物でもあります。

1階展示室内風景
2階
赤間硯
良質の原石に、伝統の技と匠の感性が共鳴するp>
和硯を代表するひとつ、赤間硯。なかでも、赤間関(下関の古称。関門海峡沿いの下関市旧市街を指す)でつくられた硯は産地の自負から、「赤間関硯」と呼ばれ、当地の硯工たちは硯の裏面に「赤間関住」と銘を刻んできました。
赤茶色の独特な石肌と巧みな彫り飾りで知られるこの硯が、いつ頃からつくられていたかには諸説ありますが、交通の要衝であった赤間関から、陸路や北前船などの海路で全国各地に運ばれたと推定され、北海道から九州にかけて、多くの遺跡からこの銘の入った赤間関硯が発掘されています。
発掘された硯の銘によって確認された最古のものとしては、佐賀県で出土した応永35年(1428年)在銘のものがあります。文献では、長府藩の御用硯師を務めた大森家の「大森家譜」に「応仁二年(1395年)硯ヲ彫家業トス」とあります。
石材は古くは赤間関や門司で産出されていましたが、江戸時代中期(寛保元年(1741年))から後期までは厚狭の稲倉村で、その後は宇部市西万倉地区で掘り出される赤間石が原石として使用されており、現在は宇部市で4軒、下関市で2軒の硯店が赤間硯(赤間関硯)の伝統を守り続けています。

大内塗
秋草柄と大内菱をあしらった「大内文様」が特徴
深みのある大内朱の地塗りの上に、黄緑色の彩漆(いろうるし)で秋草を描き、雲を描き入れ、大内家の家紋・大内菱を金箔で貼り付けた文様(大内文様)が代表的な図柄です。
大内塗の起源は定かではありませんが、室町時代、大内氏が朝鮮や中国との貿易をすすめるにあたり、重要な輸出品として奨励したことから、広まったとされます。その後、貿易は途絶えましたが、技術は現在まで引き継がれ、山口に花開いた大内文化をいまに伝える大内人形など数々の作品を生みだしています。

やまぐちの金融史を、たどる。
日本の経済社会の動きと、山口銀行のあゆみ
明治維新以来、近代貨幣制度の確立、産業の隆盛にともない生まれ、育ってきた日本の金融機関の動きと、山口銀行130年の歩み(第百十国立銀行としての創業から山口フィナンシャルグループ設立の現在まで)が年表と写真でたどれます。
背景として、世界や日本の動向、そして山口県のできごとにもふれられていますので、銀行と金融制度の変遷が社会のなかでどう動いてきたのかを知ることができます。
そのほか、銀行の沿革系統図、山口銀行に合併した旧銀行の関係資料等も展示しています。
第百十国立銀行としての誕生。山口銀行と地域経済の歩みを観る。

2階展示室内風景
年表をたどりながら、各年代ごとの銀行保管史資料を展示。時代の変遷と山口県の金融史をそれぞれの視点からご見学いただけます。
銀行とお金を、親子で楽しく学ぶ
山口銀行が配っていた歴代の貯金箱や、いろいろな記念硬貨が展示されています。
銀行のしごとがわかりやすく学べる展示パネルや、お札にかくされたヒミツを探すコーナーも設置しています。
3F(会議室・展示室)
会議室と展示室は、可動式の壁を開放してひと続きとしても利用でき、会議・セミナー・企画展示など多目的な活用が可能なスペースです。
4F(閲覧室・休憩コーナー)
海峡を望む休憩コーナー。休憩テーブルや飲料の自動販売機のほか開放式の和室(畳のスペース)もご用意しております。また所蔵史資料の閲覧にご利用いただける、閲覧室を設けております。
※閲覧室のご利用に際しては史資料管理の都合上、係員にお問合せください。
RF(屋上ガーデン)
屋上には、眼前に関門海峡を望む芝生緑化ガーデンを設置しています。
※屋上は天候や管理の都合上、施錠させていただく場合もございますのでご了承下さい。

